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【なぜわからないのか?】知能限界と越えられない壁について考えた話

知能に限界はあるのか?という疑問がふと思い浮かんだ。

世の中には頭がいいと言われる人と、頭が悪いと言われる人がいる。勉強ができる子とできない子がいる。この2つの違いはいったいなんなのだろうか?

そしてもう一つ、頭が悪い人は頭がいい人になることはあるのか?頭がいい人が理解できている事柄を、頭が悪い人でも、努力と時間を重ねればいつか必ず理解できるようになるのだろうか?

知能とは

Dariusz SankowskiによるPixabayからの画像

人間の知能を測る方法はいくつかあるとは思うが、最初に思い浮かぶのは知能指数IQ(Wikipedia)である。IQの数値が大きいほど知能が高く、数値が小さければ知能が低いことを表している。

Wikipediaを読んでわかるのは、高学歴や専門職に就いている人の方がIQが高い傾向にある。つまりは、知能指数が高い人の方が、より高度に学問を理解するのが得意なのである。

そしてもう一つ、一般的には同一人物のIQは成長しても変わらないとされている。とある。これが正しいとすれば、知能指数が低い人は一生低いまま、高い人は一生高いままであるということである。では頭がいい、悪いは、生まれたときからすでに決定されていることなのだろうか?それとも幼少期の環境によって決定されるのだろうか?

なぜわからないのか?

「なぜわからないのだろうか?考えればわかるのに。」と思うことがよくある。わたしは本人に直接聞く勇気もなので、「考えていないのだろう」という結論を自分の中に提示してモヤモヤを解消している。

だが、「考えていないから=わからない」のではなく、「考えることができないから=わからない」なのだろうか?「考えることができない」ということは、そもそも理解できる思考を持っていないということなのだろうか?

日常において、相手に理解してほしいと思い、説明をすることがある。その説明によって相手が理解してくれることもあるが、そうでないときもある。

この、相手が理解してくれなかったという場合は、わたしの説明が下手で理解してもらえなかったのだろうか?それとも、相手には理解できないことだったのだろうか?

いつか頑張れば理解できる?

Chiemsee2016によるPixabayからの画像

自分には理解できることを、相手が理解していない場合「頑張って教えれば」「本人が努力すれば」「いつかわかることができるはず」と思っていた。でもそれは本当なのだろうか?

ここで、動物に置き換えて考えてみたい。

チンパンジーは人間と同じ霊長目で人間に近い動物である。TVでその賢さを知っている人も多いと思う。人に近く、また頭のよい動物であるチンパンジーの研究を人類は長年行ってきた。

けれど、その長い歴史であってもチンパンジーが人と同じレベルの高度な会話や、思考や動作をすることはない。あくまでチンパンジーはチンパンジーである。

犬にしてもそうだ。人間と犬との共同生活の歴史は長いが、犬と複雑なコミュニケーションをとることはできない。悩みを相談しても、犬は解決策を提示してはくれない。もちろん、家族としては素敵な存在ではあるけれど、犬は犬なのである。

人と他の動物を比べたところで、脳みその大きさや機能が異なっているのだから、同じ知能を持つことがないのは当たり前といえば、当たり前である。他の動物が人と同じ知能を持つことはありえないのである。

このように、人と動物間では同じ知能を持つことがないことと同様に、人と人同士であっても同じ知能を持てないのではなかろうか?

頭がいい人と悪い人の越えられない壁

Foundry CoによるPixabayからの画像

人と動物の間に越えられない知能差があるのと同じように、頭がいい人と悪い人には越えられない壁があるのだと思う。それは、生まれつきなのか、幼少期の環境によるものなのかはわからない。

さっきも書いたけれど、他人に対して「なぜわからないの?」と思うことがよくある。「同じ人であるのだから理解できるはず」と感じてしまう。

けれど、他の動物に対してそう思ったことはない。犬に「食べ終わった食器をどうして洗ってくれないの?」と思ったことはない。皿洗いは犬にはできないとわかっているから。

同様に「知的障がい者」であれば、「理解してもらえない」ことをすんなりと理解することができる。

けれど、障害もないのに「どうしてわからないのだろう?」と思う人がいる。その結論としては、きっとそこには明確には示されてはいないけれど、壁があるのだろう。

人と人の間にも、この越えられない知能差はあるのだと思う。一般的に難しい学問や事柄をすんなりと理解できる人と、どうしても理解できない人がこの世界にはいる。この2種類の人の間には壁があるのだと思う。

越えられない壁を認識すること

人に「なんでわからないの?」とよく思うわたしも、当たり前だが理解できないことはたくさんある。数学、物理学はなかなかのちんぷんかんぷんジャンル。それはいつか一生懸命学べば理解できるのではないか?とぼんやりと思って(希望をもって)いたけれど、たぶんそうではない。わたしの持っているこの脳みそでは理解できないことなんだと理解せざるおえないのだ。

とはいえ、知能とは「足し算ができる」とか「1から100まで数えられる」「文章を書くことができる」とかそんな単純なことではないと思う。そして、人によって優れている分野とそうでない分野があるはずである。一概に知能指数が高い=すべてを理解できる、ではないと思う。(というか、そう信じたい)

誰しも知能限界はある。自分と同じような思考力や理解力を相手が持ち合わせていなくても、しかたがないと諦めるしかないのだろう。

「なぜわからないのか?」の答え

Arek SochaによるPixabayからの画像

「なぜわからないのか?」という疑問の答えについて、以下の3つを考えた。

  1. 考えれば、いつかわかる人
  2. 考える気がないので、わからない人(考えればわかる)
  3. 考えても、わからない人

ただし、相手が上記3つのうちのどの答えを持っているのかは、相手とコミュニケーションをしなければわからない。ちなみに、人は興味がないことを考えることはしないので、2つ目の回答を持っている人が多いのだと思う。

知能が低くても、生きる

自分の知能限界を知ると、少し寂しく思う。自分にはこれ以上は理解できないのか。とか、こういうジャンルを理解するのには苦手な脳みそを持って生まれてきたのか。とか。

しかし、それを悲観する必要などはなくて、知能が低い=何をできない。というわけではない。すなわち、誰しも必ず持っている自分の長所とともに、幸せに暮らしていきたいと思ったわけである。

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